150周年を機に“運動体としての未来”を見つめ直す
日本赤十字社は1877年に設立され、同年西南戦争における負傷者救護の活動を行って以来、長年にわたり人道支援を続けてきました。現在では、災害救護や国際活動をはじめ、医療・血液事業・社会福祉事業から地域ボランティアまで、多岐にわたる領域で人々のいのちと健康を守る取り組みを展開。世界191の国と地域に広がる赤十字・赤新月社のネットワークの一員として、「苦しんでいる人を救いたい」という思いを礎に活動を継続しています。
日本赤十字社の本社は東京にあり、各都道府県支部、医療事業、血液事業、社会福祉事業で約220の施設を有し、その施設で働く職員数は6万8000人余に上ります。医療事業においては、全国で90の赤十字病院を運営しており、まさに全国で人のいのちと健康、尊厳を守る体制を築いています。
その日本赤十字社が2024年に立ち上げたのが、「創立150周年プロジェクト」です。150周年は大きな節目である一方、単に“おめでとう”というお祝いで終わらせてはならない――。そうした強い問題意識が、この取り組みの出発点にあったと、日本赤十字社の塚原二朗氏は説明します。
「日本赤十字社は、理念を原動力とした『運動体』なのですが、それがなかなか伝わっていないのが実情です。150周年を1つのターニングポイントとして、これから先、私たちの活動をどのように広げていくか、世の中の大きな変化にどのように対応していくかを考え、打ち出していく必要があると考えました」(塚原氏)。

総務局 総務企画部 主幹
日本赤十字社創立150周年プロジェクト推進室長
塚原二朗氏
理念を“掲げる”だけでなく、実践の中で体験する
近年、日本各地で起こる地震による災害、気候変動に起因する風水害の激甚化、長期化する武力紛争、少子高齢化の進行など、社会を取り巻く環境は大きく変化しています。人びとの苦しみが変わりえる中で、人道支援のあり方もまた、改めて問い直される時代に入っていると言えるでしょう。
そうした状況を受け、日本赤十字社は150周年というタイミングを、過去を振り返る機会であると同時に、未来の苦しみにどのように向き合うかを構想する好機と捉えました。特に重視したのは、理念を言葉として浸透させることではなく、現場の実践を通じて体験していくことだと、日本赤十字社の奥山藍子氏は力を込めます。
「150周年に向けて日本赤十字社内外の機運を高め、さらに150周年以降も『苦しんでいる人』を救い続けるためのあるべき姿を描き、そのために私たち自身が行動できることを目指しています。未来において、人々の苦しみがどのように変わっていくのかをしっかり見据えて、アプローチしていくことがプロジェクトの中心的な課題です」(奥山氏)。

総務局 総務企画部 参事
日本赤十字社創立150周年プロジェクト推進室 参事
奥山藍子氏
日本赤十字社では、一般の人々にとって、病院や血液センターといった各事業が身近であるがゆえに、「なぜ赤十字がその事業を担っているのか」という理念の部分が見えにくくなるという課題も抱えていました。例えば、血液事業は多くの人にとって身近な存在ですが、その背後にある人道の理念まで十分に認識されているとは限りません。
「輸血を必要とする人を救うために献血を受け付け、安全な血液製剤を製造し、医療機関へ届ける血液事業は、多くの人にとって身近な活動です。一方で、その背景にある赤十字の理念は見えにくいのではないでしょうか。150周年プロジェクトでは、そうした事業を通して、赤十字の理念を分かりやすく伝えたいと考えました」と日本赤十字社の塚原氏は話します。
横のつながりで、現場力の強化を目指す
このプロジェクトでもう1つ重要視されたのが、組織における横の連携です。病院、血液事業、支部、ボランティアなど、多様な立場の人たちが同じ理念のもとで活動している一方、それぞれの現場が日々の業務や活動に向き合う中で、互いのつながりを実感しにくい構造がありました。
日本赤十字社の奥山氏は、150周年という節目を通じて、縦割りではなくネットワークとしての一体感を強めたいと語ります。「職員や会員、ボランティアの誰もが、赤十字として非常に素晴らしい活動をしています。その積み重ねをベースに、150周年という機会を生かして横とのつながりをより強め、ネットワークとしてつながっていくことで、それぞれの現場での活動や仕事が、より楽しくなるはずだと期待しています」(奥山氏)。
この課題意識をより鮮明にした出来事の一つが、新型コロナウイルス感染症への対応でした。日本では1918-1920年のスペイン風邪以降、初めての大規模なパンデミックで、特にダイヤモンド・プリンセス号の事案では、多様な専門人材と組織資源が投入された一方で、横断的な連携をさらに強められた余地も見えてきたといいます。
日本赤十字社の塚原氏は、次のように明かします。「救護班の派遣から始まって、国際経験の豊富な人材やメンタルヘルスの専門家など、日本赤十字社が持っているあらゆるリソースが投入されました。全員が懸命に対応したのですが、その後行われた活動の振り返りの中で、横の連携がさらに強力であったなら、より効果的な対応ができたのではないかという意見もあったのです。それが、横の連携を強める取り組みを進めようという1つのきっかけになりました」(塚原氏)。
鍵を握るのは、看護師を含む8万人との対話設計
日本赤十字社には全国で220以上の施設があり、非正規職員も含めて8万人以上が働いています。その中でも、インナーコミュニケーションの難しさとして強く意識されていたのが、赤十字病院で働く看護師との接点づくりでした。事務系職員であれば会議やイントラネットなどで情報接触の機会を持ちやすい一方、交代勤務を前提とする看護師とのコミュニケーションには独自の工夫が求められます。
「以前から、日本赤十字社におけるインナーコミュニケーションの難しさは痛感していました。特に、総病床数3万3000床以上の医療事業における看護師とのコミュニケーションは大きな課題でした。事務職員であれば上司やイントラネットを通じて伝えられますが、看護師は交代勤務で、赤十字病院だけでも90あり、コミュニケーションする媒体が限られていたのです」(塚原氏)。
だからこそ、150周年プロジェクトは記念施策の集合ではなく、未来を自らの手で創る「自分ごと化」の意識を醸成するプロセスとして設計されました。現場の一人ひとりが「自分たちは何のために働いているのか」「これからどのような価値を生み出すべきか」を考える土壌づくりが求められたのです。
二人三脚で育てた、150周年プロジェクトの土台
こうした課題に対し、日本赤十字社が150周年プロジェクトのパートナーとして迎えたのが揚羽でした。プロジェクトでは、職員参加型のワークショップを軸に、歴史冊子、150周年ロゴ、ポスター、映像など、複数の施策を段階的に展開します。狙ったのは、職員が日本赤十字社150年の歴史の延長線上に自分自身を重ね、未来への当事者意識を持てる状態をつくることでした。

「企画は相談しながら進めましたが、私たちが一般企業とは風土が違うことを実感しました。揚羽さんからは、組織の中にいてはなかなか持てない視点や、一般企業の支援を通じて培った構成のアドバイスをいただきました。一方で私たちも、日本赤十字社が運動体であることや、事業や職種の多様さを丁寧にお伝えしながら、どのような進め方が最適かを一緒に模索しました。ワークショップを中心に、職員を巻き込める施策を二人三脚で考え、工夫しながら進めてきたのです」(奥山氏)。
揚羽側もまた、この企画を単なる“浸透施策”とは捉えていませんでした。揚羽の黒田天兵は、ビジョンを与えるのではなく、職員とともに創っていくプロセスそのものに価値があると語ります。「単に何かを浸透させるのではなく、3年かけて全職員をできる限り巻き込みながら、歴史を振り返り、互いを知り、未来について対話しながらビジョンを共に創っていく。その過程自体が、この企画の大きなポイントだと考えています」(黒田)。

執行役員 ブランドコンサルティング部長
黒田天兵
さらに揚羽の江副健一郎は、営業という立場から、制作物の納品だけにとどまらない伴走のあり方を見据えています。「私は営業なので直接アウトプットをつくる立場ではありません。だからこそ、チーム全体が『もっとやれるはずだ』という思いを持ち続けられるよう、働きかける役割があると考えています。日本赤十字社さんの熱量に応えながら、最後まで一体となって企画を前に進めていきたいですね」(江副)。

ブランドマーケティング部
江副健一郎
150周年は、過去を顕彰するだけの節目ではありません。理念を再発見し、組織のつながりを強め、未来の人道課題に向き合う力を育てる絶好のチャンスでもあります。日本赤十字社と揚羽が進めるこの挑戦は、組織の“内側”から未来をつくる取り組みとして、これからさらに本格化していきます。




